ブラジル人にとって日常感じた思いを唄に載せたのがサンバだと思うのですが、小気味よい切れ味のサンバ・アルバム
「Samba deslocado, Samba descolado」('06) も印象深いサンパウロのサンビスタ - パウロ・パディーリャが新しい作品表現を模索、行き着いたのが日々つれづれ思う事を唄にしたものをクロニクルとして出版、CD+Bookのかたちで発表しようというものです。ヴァンジ・ミレー、ジュサーラ・マルサル、マルチナーリア、ネネー・シントラらがゲスト参加。
自伝的な逸話をユーモアたっぷりに綴り、一級のサンバに仕立てることに長けたパウロ・パディーリャが行き着いた方法論。サンパウロという都会で生活するものが日々抱く疑問や思いをエッセイのかたちで吐き出し、音だけでなく見て読んで楽しめるかたちにしたのが今作、「1R$ショップでは真の富豪に思えてしまう」。サンパウロ大学の音楽家を卒業、最近でもシモーニが唄った自作曲"Love"がドラマ主題歌になるなど15年のキャリアを誇る音楽家のユニークな最新作。音の方はパウロが唄とギター、マルチ奏者レオナルド・メンデスのベースやギターにサンバ・サムのパーカッションというコンボ編成を基準にしたシンプル・アコースティック、かつ洗練されたもの。サンパウロのレジェンド、イタマール・アスンサォンのスタイルに影響を受けレゲエと対話方式の唄というのを採りいれたり、通りの人たちの声を唄にするということでアドニラン・バルボーザの影響も公言しています。人間性が滲み出るほどに味わい深く、尚かつピッチの良い唄声がパゴーヂ編成のサンバやサンバソウルにマルシャのリズム、マルチナーリアとのデュエット、ヴァンジ・ミレーやジュサーラ・マルサルの女性コーラスの中冴え渡るのですが、唄のテーマが何分にもおかしく、テーブルの猫足とギターのネックを見比べて、とか妻が母親みたいになってきて困ってしまう、など人情味に溢れたものばかり。ガーシュインの"サマータイム”のポル語ver. をサンバに仕立てクールに決める場面もあり、そのなかでiPODだと10年間は新しい音楽を買わなくてよいほどに収録できるが、私ら音楽家が新しい音楽を作る意味はあるのだろうか?という自問自答をも曝け出しています。ちなみにこの答えはプロモ映像のエンディングで共演ミュージシャンに言われる「では何故我々はここに居るの?」「演奏してお金稼がなきゃ(生きて行くために)」というオチで自己完結したようです。サンパウロ州の文化活動プログラムProACの助成を受けて制作された最も親しみやすい芸術作品。本の部分はポルトガル語表記のみですが写真も多く使われ見ているだけで楽しいです。